ひだ・みの 活断層を訪ねて31  ホーム 目次

宮峠断層 境に古い美濃帯地層


宮峠断層の大露頭=高山市久々野町大西
 
 久々野町小学校社会科資料「郷土久々野」に「現在朝日村から久々野町を通り太平洋へ流れている飛騨川は、三百万年ぐらい前、小屋名、大西を通り高山盆地へ流れていた」と書かれている。つまり飛騨川は、太平洋ではなく日本海につながっていたという。この三百万年の間に、大地にどのような変動が起きたのだろうか。
 それには、位山分水嶺の南側にある宮峠断層と、北側にある江名子断層の活動が関係している。ほぼ平行する宮峠断層と江名子断層の間が、隆起して位山分水嶺、つまり大西山地を形成した。そのため、北流していた飛騨川は山地に流路をはばまれ南流するようになり、その流路はUターンすることになった。
 その変動の証拠の一つ、「宮峠断層」の大露頭(断層境界が直接見える部分)が、高山市久々野町大西・小屋名を通って高山市江名子町とつなぐ「県営ふるさと農道」の工事現場で見つかった。宮峠断層は、美女峠から宮盆地の南縁まで八`以上続いている。
 写真を見ると、断層面を境に、右(南)は「見座れき層」と呼ばれる「旧飛騨川」の堆積物とその上に黒っぽい「久々野凝灰角れき岩」(百万年程度前の地層)がある。左(北)はそれよりずっと古い「美濃帯堆積岩(大西層)」(一億年以上前の地層)がある。
 断層の両側から大きな力が加わったため、断層を境に古い美濃帯の地層が地震を伴ってずり上がり、写真のように新しい地層と接するようになった。その垂直方向の累積変位は約二○○b、水平方向にも最大三○○b動いたといわれる。比較的地震が少ないと感じる久々野でも、過去には大地震が幾度もあったに違いない。
 大露頭のある県営ふるさと農道は、分水嶺の大西山地をトンネルで貫き、二車線の舗装道路として平成一六年秋に開通した。今では、峠越えがない快適道路として、高山市街地方面への通勤等に利用される。断層露頭は放置すると崩れるため、吹きつけ工事がなされた。そのかわり道路脇には、断層露頭の解説・写真の記念碑がある。
(清水辰弥、飛騨地学研究会会員)2005年5月21日