Worcestor風土記抄 結晶片岩の大地 |
下畑 五夫
Concordのミニットマン国立歴史公園を歩いているときであった。砂利道のかたわらに縞模様のきれいな岩石の露頭が目に入ってきた。おもわず近づいてしまった。しかし、手元には岩石ハンマーは無い。おそらく岩石には出会えないであろうと思い、地質屋(Geologist)の魂ともいうべきハンマーを携帯してこなかった。しかし、いざ露頭を目の前にすると、たとえ非Geologistであってもハンマーの無いことにもどかしさをおぼえた。ただ、気候のせいか変成岩の表面は新鮮で、観察がしやすかったことは幸いであった。黒雲母の結晶が周囲の森に鈍い光を放っていた。変成岩(結晶片岩)であった。アメリカへやってきて初めて触れた岩石であった。そして、きわめてゆるやかな丘陵地帯の広がる平坦地で、変成岩が見られることに驚いた。地史の古さを感じる。 このConcordを後にして、いよいよ主目的地のWorcestorに向かった。高速道路を走るバスの車窓から見る風景は興味深かった。とにかく山(自分でイメージしている山ではあるが)と呼ばれるようなものが見あたらない。ゆったりとした丘と谷が繰り返し繰り返し現れる。Hill&Valleyである。高校生の頃、英語の先生から聞いた話を思いだした。Valleyというのは、日本語で谷と訳してあるが、実体は全く違う。Valleyは谷と違い、ゆったりした広い凹地で牧場があり、小川が流れ、村の中心には教会がある、というような話しであった。この話が、なぜか妙に記憶にとどまっている。その頃は、そういうものかという程度の理解しかできなかった。しかし、今、目の前に次々と広がる風景は、谷ではなくまぎれもなくValleyであった.そして、ここのValleyには湖が点在する。先の氷河時代(ウルム氷期)に、北米大陸を広くかつ厚く覆った大陸氷河が造り上げた地形であろう。はじめて目にする風景であった。 Hillを越す道は、切り通しになっているため、岩石の露頭が見られた。高速で過ぎるバスから見るため正確なことはいえないが、縞模様や板状の割れ方などから、結晶片岩であろうと思われる。Worcestorのホテル近くにもいくつかの露頭があり、そばまで行って観察したら確かに結晶片岩であった。 秋晴れのある午前中、岐阜農林の大野先生とfield調査に出かけた。霜が降った寒い朝であったが、青空が両手いっぱいに有り余って広がり気持ちが良かった。ホテルから西の方へ道路に沿って歩いた。Hillを降りる道筋には、結晶片岩(緑色片岩や黒雲母片岩など)の露頭があった。Quinsigamond湖のほとりを通って、隣のHillを登る。低い石垣をめぐらした、いかにもNew England風な住宅地が、ず−と続いていた。これらの石垣は、板状に割れやすい結晶片岩をうまく利用してつくられている。露頭はあまりなかったが、石垣から、このあたりも結晶片岩の分布地であるらしい。地質的にはConcordからほとんど変わっていないようである。WorcestorのあたりはAppalachia山脈の北西部にあたる。原生代から古生代にかけて堆積した砂や粘土などの地層が変成作用を受けてできた結晶片岩などの変成岩が広く分布している。これらの岩石は、北の広大なカナダ楯状地の南東側で繰り広げられた古生代の造山運動を如実に物語っている。 変成岩は、もともとあった岩石が、地下深くで圧力や熱の影響を受けて鉱物が再結晶したり、一定方向に並ぶようになった(これを変成作用という)岩石である。教育活動も変成作用のようなものではなかろうか。生徒達が持っている素質(鉱物など)が、様々な教育環境に置かれることによって芽を出し育っていく(再結晶する)のである。 アメリカを立っ前日、New YorkにあるCentral Parkの木立の中で、キラキラと輝いている岩石にであった。近づいて見ると、大きな白雲母の結晶を含んだ結晶片岩であった。アメリカの旅は、最後まで結晶片岩との出会いだった。 |