ひだ地学72号 2000年3月8日発行   ホーム 目次

古川盆地を伝わる音の研究

寺門 隆治・吉城高校地学部

第1章、はじめに
(1)研究の動機
 私達地学部では、これまで長年にわたって飛騨の自然を地質や気象など、様々な方面から解明を行つてきた。その研究の中の1つ、古川盆地に特有の朝霧の研究で、先輩方は朝霧の発生から消滅までを詳しく観察するため、吉城高校や学校の裏山の安峰山山頂や盆地内の各地で、24時間徹夜観測を数回にわたって実施してきた。その観測時の話として、安峰山山頂で24時間観測を続けていると、麓の本校グランドでの部活動での生徒の声や、盆地内の工事の騒音、車の音などが意外とよく聞こえるということであった。また、それらの音は、1日を通じて同じ様に聞こえるのではなく、昼と夜とで異なっていたり、日中でも時間によって聞こえ方に差があるようだということであった。また、朝霧が発生してくる時も聞こえ方に遠いがあり、なぜ聞こえる音に遠いが生じるのかというのが先輩方の疑問であった。
 確かに学校で授業をしているとき、古川町の市街地の方から聞こえてくる様々な音の聞こえ方が、1日を通して変化しているように感じる。そこで今回、先輩方が今後の研究課題としてきた盆地内を伝わる音につて研究してみることにする。
(2)研究の目的
 動機でも述べたように、これまで疑問であった、古川盆地内を伝わる音について調べるのが今回の目的である。音の伝わり方を調べるといっても音の何を測定すればよいのか、はっきりしないので研究の目的を以下の点に絞って研究を行う。
@ 盆地を伝わる音の変化
A 朝霧の中での音の伝わり方
(3)研究の方法
騒音系:リオン製 普通騒音計 NA−9
記録計:リオン製 LEVEL RECORDER LR−04
この騒音計で得られた騒音のデータをもとに、今回の研究を進める。

第2章、盆地を伝わる音の日変化
(1)目的
 吉城高校は古川盆地を見下ろす小高い段丘に位置している。安峰山のふところに抱かれ、周辺に民家や工場、大きな道路はなく、授業中聞こえるのは鳥のさえずりや虫の声、風の音などで、毎日お昼12時に鳴る役場のサイレンが唯一の騒音といって良いほど、勉強するには最高の環境である。こんな静かな環境ではあるが、教室の窓から頭を出して注意深く耳を澄ましてみると、遠くから常に、低い音で車の音が聞こえてくるのが分かる。
 この音の正体は、盆地をはさんで吉城高校のちょうど反対側に位置する国道41号線を通過する車の騒音である。この国道41号線の車の騒音は、夜間でも常に盆地内に響いている。
 音響学では、このような環境の中に常に響いている背景となる音のことを"暗騒音"英語で、Background Noise(以下BGN)という。BGNは意識してはじめて確認できる音である。このBGMを頼りにして、盆地内の音の伝わり方について調べて見た。

(2)結果
 盆地内を伝わるBGNの大きさには、明らかに日変化が見られる。
 日変化の様子は、毎日ほぼ同じで、明け方3時頃が最も小さく、平均で25dB程度、10時頃と15時頃が最も大きく、40数dB程度であることが分かる。(グラフ1)

第3章、徽夜観測
(1)目的
 日中、吉城高校で聞こえるBGNの主な音源は、
41号線の車の騒音である。では、夜間に関しては
どうであろうか。盆地内を伝わる夜間の音源にはど
のようなものがあるのか、徹夜観測を行う。
(2)結果
 観測の結果、吉城高校で聞こえる様々な音の内、古川盆地での主なBGNは、1日を通して国道41号線の騒音であることが分かった。これをもとに研究を進める。

第4章、盆地内を伝わる音の性質
(1−1)目的
 国道41号線の交通量と、盆地内の気象条件との関わりについて調べてみる。
 はじめに、交通量とBGNとの関係を調べる。

(1−2)結果
 交通量とBGNとの間には、正の相関関係があることが分かった。(グラフ2)
(2−1)目的
 BGNは、気象条件とどのような関係があるのだろうか。気温の鉛直分布との関係を調べてみる。気温分布は、安峰山山頂の気温と古川小学校での気温の差で求める。
(2−2)結果
 はっきりとした相関が見られないが、気温差が−2〜−3℃(気温減率約−0.5℃/100m)の時、BGNの値が大きいことが分かる。(グラフ3)
 つまり、盆地内の大気の鉛直分布で、気温減率が約−0.5℃/100mになると、国道41号線方面からの音の伝わり方が、最も伝わりやすい位置関係になるものと考えられる。

第5章、霧の中での音速
第1項 室内実験
(1−1)目的
 霧の中での音速はどうであろうか。ドライアイスを用いて、室内実験で確かめてみる。
(1−2)結果
 データはすべて管内温度29.2℃のものである。
 音速を測定してみると、霧の中では、V=3800×0.091=345.8(m/s)であった。一方、霧の無い状態では、X=3800×0.0948=360.24(m/s)となり、ドライアイスで発生させた霧の中では、およそ4%音速が減少することが分かった。
第2項、実際の霧の中での音速測定
(2−1)目的
 実際の霧の中で音速を、超音波距離計を用いて測定してみる。


(2−2)結果
 視程と測定された距離との間に、明らかに負の相関が見られる。
 つまり、霧が濃くなるほど、音の伝わる時間が遅くなることが分かる。(グラフ4)
 霧の中での減速率を求めてみると、最も速く伝わったのが0.0945秒、最も遅かったのが0.0951秒なので、およそ0.6%遅くなっていることが分かる。
 この違いは気温差がおよそ3〜4℃の場合での音速の違いに相当する。朝霧の発生は、盆地内に伝わる音に大きく影響し、霧の濃度と音速との間に負の相関があることがわかった。

第6章、朝霧の中での音の伝わり方
(1)目的
 前章で、霧の中では音速が小さくなることが測定された。このことをもとに、朝霧の発生している時と、そうでない時での盆地内の音の伝わり方について検証してみる。
(2)結果
 気温差が小さい時、(−2℃付近〜−1℃)のBGNの値が小さいことが分かった。
 はっきりとした結論は出せないが、霧の影響により霧の中に入った音が、上方に屈折して逃げていつてしまい、BGNの値が小さくなったものと考えられる。

第7章、蝉の鳴き出す時間
(1)目的
 今回の研究において、BGNの記録を取っていたところ、7月に入った頃から朝4時〜5時の間で急に値が大きくなり、10分〜20分ほど続き、急にまた小さくなる奇妙な変化をとらえた。
 この原因は、徹夜観測の結果、ニイニイゼミが一斉に鳴き出すことによることが判明した。この鳴き出しの時間を詳しくみると、毎日少しずつずれているようなので不思議に思い調べてみることにする
。        


(2)結果
 気温の変化と、鳴き出しの時刻には相関関係がみられない。天気との関係では、雨天の翌日に蝉の鳴き出す時間が前日よりも約10分〜20分早くなる傾向が見られる。また、日の出の時刻との関係を調べてみると、はっきりとした関係がみられ、蝉の鳴き出す時刻は、日の出前約10分であることが分かった。(グラフ5)

第8章、まとめ
(1)まとめ
 研究により以下の結果を得た。
@ 古川盆地で聞こえるBGNの音源は、1日を通してほとんどが国道41号線を通過する車によるものである。
A 安峰山山頂と盆地底部の古川小学校との気温差が−3℃弱の時(気温減率約−5℃/100m)、BGNの値のが比較的大きくなる傾向がある。
B霧の中で音速は小さくなり、霧が濃いほど遅くなる割合が大きい。
C霧の発生時には、盆地内のBGNの値が小さくなる。
D明け方近くに、ニイニイゼミの一斉鳴き出しがあり、その時刻は、ほぼ日の出前10分前
 である。また雨天の翌日は、鳴き出す時刻が早くなる傾向がみられる。
(2)今後の課題
@ 1日を通じて基準となる音源を探し、国道41号線の騒音を頼りに研究を進めてきた。しか
 し、国道からの騒音は線上に位置し、点ではないことから、基準となる音源としてあま
 りふさわしくなかったと思われる。夜間でも、町民の方々に迷惑のかからないような、
 基準となる音源はないものだろうか。
A 音の伝わり方の重要な要素として風がある。今後、風の影響に関する研究が、最も重要である。
B せっかく霧の中での音速が測れたにもかかわらず、今年は霧の発生が少なく、霧の影響について十分考察できなかった。これからの季節、発生の時期を迎えるので、是非研究
 してみたい。
C 最後に、蝉の鳴き出す時刻について、地学部ではあるが、環境問題の1つとして今後さ
 らに研究してみたいテーマである。
(3)参考文献
・下畑真理、村田暢子、田中恵美(1982):気象とことわざ、吉城高校地学課題研究(V)
・吉城高校地学部(1985〜1987):飛騨の朝霧の研究(PartT〜V)
・ 吉城高校地学部(1993):朝霧の正体に迫る
・ 五十嵐靖則(1994):音速の新しい測定法、SUT、東京理科大学出版会
・日本音響学会(1996):音の何でも小事典、講談祉
・唐澤誠(1997):音の料学ふしぎ事典、日本実業出版社
・近角聡信、飯利雄一、矢津健三、他5名(1995):物理の世界、東京書籍