ひだ地学73号 2000年5月1日発行   ホーム 目次

飛騨トンネルの工事から予想されること

山田 直利(顧問)

 現在工事中の飛騨トンネルには、1998年5月を一度目として、その後も何度か訪れる機会があった。関係者の話では、この工事はなお10年余を要する大工事であると聞いている。そこで、この工事から予想される地質学的問題点について考えてみることにした。
 ご承知のように、日本道路公団では、数年前から東海北陸自動車道の最後の難関、飛騨トンネルを掘削中である。このトンネルは、白川村鳩ヶ谷から河合村栗ヶ谷川口までの、ほぼ東西方向で、延長10.7kmの長大道路トンネルである。白川方坑口の標高は約500m、河合方坑口の標高は約750mであり、白川方からの一方的上り勾配のため、掘削も白川方からのみ行われている。この区間は、籾糠山(もみぬかやま、標高1744m)を最高とする飛騨山地西部の山岳地帯であり、トンネルレベルでの土かぶりは最大約1000mに達する。


図 東海北陸自動車道と飛騨トンネル(実線:開通  破線:非開通)
基本高等地図(二宮書店)

 地質的には、白川方から河合方へ、白川花崗岩類、"濃飛流紋岩"、飛騨変成岩類の順に出現すると予想されている。以下に、トンネル内に予想される地質を白川方から順次のべて行くことにする。
 白川花崗岩は鳩ヶ谷複合花崗岩質岩体(亀井・赤羽、1985)のうちのアプライト質花崗岩に属する。トンネル内で見ると、非常にもろく、崩れやすい。黒雲母は残っているので、さほど熱水変質作用(化学的変化)を受けたようには見えない。恐らく細かい割れ目が網目状に発達して、岩石をマサ化(物理的変化)させているのであろう。
 "濃飛流紋岩"は、白川口から約1.5kmの地点から出現する。これは1999年8月の見学の際に、先進ボーリングのコアで観察した。花崗岩とコンタクトする"濃飛流紋岩"は、流紋岩質溶結凝灰岩で、少量の径1〜2mmの斜長石斑晶(破片状)を含み、安山岩〜デイサイトの異質岩片を伴う。基質は、溶結構造は顕著であるが、再結晶作用のためホルンフェルスとなっている。また細かい石英脈や方解石脈に貫かれ、これらの脈に沿って剥離しかかっているものもある。なお、その後の工事では花崗岩と濃飛流紋岩はトンネルレベルで繰り返し出現し、岩盤は全体として軟弱で、掘削は遅々として進んでいないという。
 ところで、地表部の"濃飛流紋岩"は、公団の調査により、下位から、Nh1〜Nh5に分けられ、流紋岩質〜デイサイト質溶結凝灰岩、同溶岩、同凝灰角礫岩などから構成され、全体として向斜構造を作っている(伊熊ほか、1999)。私はトンネル直上(宮谷上流部)の林道でデイサイト溶結凝灰岩を観察したが、これは斜長石・石英・黒雲母・角閃石などの斑晶破片に富む溶結凝灰岩で、特徴的に安山岩岩片を多く含んでいる。野外での観察によれば、"濃飛流紋岩"は、デイサイト溶結凝灰岩のほかは、比較的斑晶に乏しい流紋岩溶岩、同溶結凝灰岩、同細粒凝灰岩(水底堆積岩)などからなる。流紋岩質岩石は斜長石斑晶のみを含むone-feldspar rhyoliteであり、濃飛流紋岩プロパーとは本質的に異なる。
 庄川筋の"濃飛流紋岩"の所属については、目下、棚瀬充史氏、原山 智氏、小井土由光氏らと議論しているところであるが、岩石構成が濃飛流紋岩プロパーと異なり、層序的にもその上位に相当することから、庄川地域に特有の火山岩類で、白川花崗岩類と複合岩体をなしているという予想を持っている。
 公団の調査によれば、"濃飛流紋岩"はその東縁部(大瀬戸谷上流)で飛騨変成岩類と接触する。この関係は断層ではなく、南北方向の走向をもつ高角度の不整合関係であるという(伊熊ほか、1999)。また、この境界部に沿って花崗斑岩の岩脈が貫入している。この境界はトンネルレベルでは白川方から約5.5kmの付近に来ると予想されている。掘削がこの地点に到達するのは何年先のことであろうか。また、トンネルレベルでも高角の不整合関係にあるのだろうか。この境界が流紋岩類噴出前の陥没盆地の縁を表すものか、流紋岩類の噴出時〜噴出後の陥没〜傾動運動を表すものかは、今後の問題である。いずれにせよ、庄川筋の流紋岩類が東西に延びる飛騨変成岩類の構造を切って南北方向に深く埋積していることは確かである。
 飛騨変成岩類は、地表部では、黒雲母片麻岩、角閃石片麻岩、珪長質片麻岩、結晶質片麻岩からなり、複雑に褶曲している。この地域はまた、跡津川断層に平行な断層群が発達している。さらに、この地域では、手取層群の泥岩・砂岩・礫岩が断層関係で飛騨変成岩類中に挟み込まれている(伊熊ほか、1999)。
 事前に行われた電磁探査(電場と磁場の相互作用を利用した探査法。具体的には、地下における比抵抗分布を明らかにする)の結果によれば、飛騨変成岩類の分布が予想されるトンネルレベルあるいはその下位に、比較的比抵抗の低い部分が存在するらしい(伊熊ほか、 1999)。このような低比抵抗部の解釈として、(1)黒雲母片麻岩の存在(雲母類や石墨は比抵抗が低い)、(2)金属鉱床(金・銀など)を伴う変質帯の潜在(金属硫化物は比抵抗が低い)、(3)新期火山活動に伴う熱水変質帯の潜在(籾糠山北東には独立した安山岩質火山岩体がある)などが挙げられている。また、上記の手取層群がトンネルレベルまで分布し、とくにその中の泥岩が比抵抗を下げている可能性も否定はできない。
 活断層の点からみると、庄川筋を南北に走る御母衣断層が白川方坑口近くを通っているし、一方、跡津川断層はその西方延長部が籾糠山付近を通過するものと予想される。このように、異なる方向の断層群が交会する地域は応力の集中部と考えられ、種々の破壊現象が予想される。それは、ちょうど阿寺断層南端部が屏風山断層、清内路峠断層などの方向の異なる断層群と交会する部分に、中央自動車道恵那山トンネルが位置し、さまざまな工事上の難問題に直面した状況に、よく似ている。
 私は1970年代前半に工事中の恵那山トンネルを何度も訪れ、坑内で濃飛流紋岩や伊奈川花崗岩の破砕帯を見た。その結果は、1976年に出版した「阿寺断層周辺地域の地質構造図」に盛られている。それから4半世紀後、今度は濃飛流紋岩の北端部で長大トンネルの工事につき合っている。公団関係者の話では、この工事は完成の期限を切らず、じっくりと取り組んで行くという。それにしても、工事の進捗状況は遅い。一刻も早く、白川花崗岩類と"濃飛流紋岩"との境界部を通り抜け、より安定な地盤の"濃飛流紋岩"中を掘削できることを祈っている。

【参考文献】
伊熊俊幸・山田隆昭・佐野信夫・安江勝夫(1999)、飛騨トンネルの地質およびトンネル
 施工上での課題。日本応用地質学会学術大会講演要旨集。
亀井玄人・赤羽久忠(1985)、岐阜県大野郡白川村、鳩ヶ谷複合花崗岩質岩体。MAGMA、
 No.73、p.53-57。