ひだ地学75号 2000年5月16日発行   ホーム 目次

岐阜県丹生川村の森部層から産出する
ペルム紀腕足類化石

三宅 幸雄

1.はじめに
 岐阜県大野郡丹生川村森部地域には森部層が分布しており、ペルム紀前期〜中期の海に生きていた無脊椎動物、特に腕足類の化石が多く産出する。ここでは、私なりに本層の腕足類化石について報告する。

第1図 腕足類の構造(湊 正雄ほか、1981古生物学各論3より抜粋) 第2図 化石産地位置図と森部層柱状図
(1:頁岩, 2:砂岩頁岩互層,3:砂岩,4:礫岩,5:石灰質基岩の礫岩,6:石灰岩)
なお、化石産地位置図(第1図)と森部層柱状図(第2図)は堀越ほか(1987)と田沢ほか(1993)の図を利用した。
2.森部層について
 丹生川村森部地域には飛騨外縁帯の地層が分布しており、それらは呂瀬層(デボン紀前期,後期),荒城川層(石炭紀中期〜後期),森部層(ペルム紀前期〜中期)に分けられる。森部層は頁岩,砂岩を主体とし、一部、石灰岩,礫岩を含む。化石は主に森部層下部層の中部に集中し、ウミユリ,コケ虫(Polypora, Fenestellaな  ど),腕足類,二枚貝,四射サンゴ,頭足類、巻貝、三葉虫(Pseudophillipsia),植物などの化石を含む。また、森部層下部層の下部からは、石灰岩からフズリナ(Pseudofusulina fusiformis)が産出し(Yamada & Yam-ano,1980)、森部層中部層からは、砂岩よりフズリナ(Monodixodina sp.)が産出する(田沢ほか,1993)。

 3.腕足類とは
 腕足類とは、海生無脊椎動物の仲間である。古生代カンブリア紀前期(約5億7千万年前)に出現し、古生代に最も栄え、現在も衰えてはいるが生存している。外観は二枚貝に似ているが、二枚の殻の形が異なり(茎殻と腕殻に区別される)、複雑な内部構造を持っていること から二枚貝ではなく、むしろ、コケ虫に 近い動物である。基本的には、二枚の殻の結合部分にある穴から、肉茎が伸び、その先端で岩や海底の小石,ウミユリなどに付着して固着生活し、プランクトンをエサとしている。そのため、分散移動が制限され、動物群の地域的特性が比較的はっきりしているので、古生物地理学的資料として適している。

4.森部層の腕足類化石
 腕足類化石は、森部地域の数地点に産出する。いくつかの産地のうち、A地区とC地区について述べる。(第2図 参照)

(1)A地区の腕足類化石
 A地区は石灰質頁岩層を主体とする。ここからはコケ虫(Polypora, Fenestella)が多産し、その他に腕足類,二枚貝,ウミユリ,四射サンゴ,頭足類,巻貝,三葉虫(Pseudophillipsia)などが産出する。腕足類は、ほとんど押しつぶされた状態で保存されているが、殻の破損はほとんどない。小型のものが多く、殻は離れてしまっていることが多い。合殻のものも少ないが産出する(第6図参照)。これらの腕足類は、平板状のコケ虫であるPolyporaやFenestellaが密集する頁岩層から多く産出する。一方、棒状のコケ虫を多産する石灰質頁岩層からは腕足類の産出が少ない。それらの二つの層は数10p間隔で交互に重なる。また、コケ虫の遺骸は壊れやすいが、それがほとんど壊れずに残っていることから、現地性(堆積された場所に生息していたことを指す)か、または、ごく近くに生息していたものが流され堆積したものと思われる。
 次にA地区から産出した代表的な腕足類化石を示す。なお、温暖系(テチス型)と、寒冷系(ボレアル型,両極型)の区別は、田沢(1992)を参考にした。また、図版1にA地区から産出した腕足類化石をスケッチした。

Storophomenida (ストロフォメナ目)
  Davidsoniacea (ダビデソニア上科) Derbyia sp.(寒冷系)
  Chonetacea  (コネーテス上科)
          Chonetes sp. Chonetinella sp.  Mesolobus sp.
Productacea (プロダクタス上科)
          Transennatia gratiosa(温暖系), Urushtenoidea sp.(温暖系)
Cancrinella sp.(寒冷系),Waagenoconcha sp.(寒冷系)
Linoproductus sp.(寒冷系),Permundaria sp.(温暖系)
Lyttoniacea (リットニア上科) Leptodus nobilis(温暖系)

Spiriferida (スピリファー目)
  Spiriferacea (スピリファー上科) Spiriferella sp.(寒冷系)
Reticurariacea(レティクラリア上科)Phricodothyris? sp.

Rhynchonellida (リンコネラ目)
  Stenoscismatacea(ステノスキスマ上科)Stenoscisma margaritovi(寒冷系)

Atrypida (アトリパ目)
  Retziacea (レッチア上科) Hustedia sp.(寒冷系)
第3図 A地区腕足類化石の個体数と割合 第4図 A地区腕足類化石の個体数による目と上科の割合
第5図 A地区腕足類化石の個体数による温暖系と寒冷系の比率 第6図 A地区腕足類化石の一枚殻と合殻の比率
 A地区から採集した腕足類化石標本の内容を第3〜6図まとめた。これらの円グラフは筆者が採集して標本にしたものを、個数を元に集計してまとめたものである。よって、若干の差はある。一つのデーターとして考えて頂きたい。
 A地区は、少なくとも15属以上の腕足類を産出し、その中でも温暖系の小型のTranseーnatia gratiosaやUrushtenoideaを多産する(第3図)。そのため、温暖系の割合が4属で48.5%と多く、寒冷系は6属で34.2%となっている(第5図)。このことから、A地区に堆積した腕足類は、やや、温暖な海に生息していたと考えられる。(つづく)

(2)C地区の腕足類化石
 C地区はA地区とほぼ同層準と思われ、硬質細粒砂岩を主体とする。この層からは、腕足類化石を主体とし、他に二枚貝,頭足類,植物の破片などの化石を産出する。腕足類の殻は、それほど押しつぶされていないが、殻が溶けていることが多く、雌型や内型が多い。また、大型〜中型のものが多く、殻は離れてしまっていることが多い。合殻も少ないが産出する(第10図)。保存状態は普通で、殻の破損はほとんどない。これらの腕足類は一般に散在的に産出するが、塊状に密集することもある。これらのことから、付近に生息していたものが流されて、大型〜中型の腕足類がC地区に堆積したものと考えられる。また、植物の破片を少量、産出することからC地区は陸地に近い場所だったと言える。
 下記にC地区から産出した代表的な腕足類化石を示す。また、図版2にC地区から産出した腕足類化石をスケッチした。
Strophomenida (ストロフォメナ目)
  Davidsoniacea (ダビデソニア上科) Derbyia sp. (寒冷系)
  Productacea (プロダクタス上科)Yakovlevia kaluzinensi(寒冷系), 
Waagenoconcha sp.(寒冷系), Linoproductus sp.(寒冷系),Permundaria sp.(温暖系)
Spiriferida (スピリファー目)
  Spiriferacea (スピリファー上科)Spiriferella sp.(寒冷系)Neospirifer sp.(寒冷系)
第7図 C地区腕足類化石の個体数と割合(属) 第8図 C地区腕足類化石の個体数による目と上科の割合
第9図 C地区 腕足類化石の個体数による温暖系と寒冷系の比率 第10図 C地区腕足類化石の一枚殻と合殻の比率

 C地区から採集した腕足類化石標本を第7図〜10図にまとめた。
 C地区は少なくとも7属以上の腕足類が産出する。その中でもSpiriferellaが多産く、次いでYakovleviaやWaagenoconchaも多い(第7図)。これらは寒冷系の腕足類である。一方、温暖系の腕足類はPermundariaのみで非常に少ない(第9図)。このことから、C地区に堆積した腕足類は比較的寒冷な海に生息していたと考えられる。

 5.考察
 A地区及びC地区は森部層の下部層中部にあたり、フズリナ類より前期ペルム紀末期ないし中期ペルム紀初期と考えられている(堀越ほか,1987)。
 A地区は小型のTransennatiaやUrushtenoideaが多いのに対し、ほぼ同層準であるC地区は大型〜中型のSpiriferella, Yakovlevia, Waagenoconchaが多く、小型のTransennatiaなどは産出していないか少産である。よって、小型の腕足類は別の場所に堆積したことも考えられ、C地区の腕足類個数による温暖系と寒冷系の比率(第9図)は本来の両者の割合を表してはいない。しかし、A地区には産出しないYakovleviaやNeospiriferが産出することから、C地区はA地区より寒冷系であると考えられる。一方、A地区は腕足類と共産するコケ虫の遺骸が、 あまり壊れずに産出することから現地性か、すぐ近くのものが流されてきたと考えられ、A地区の腕足類個数による温暖系と寒冷系の比率はある程度、正当と考えられる。しかし、温暖系の割合は高いが(第5図)、属数から見れば、温暖系4属,寒冷系6属と寒冷系の割合が高い。
 A地区,C地区を含む森部層下部層中部は、少なくとも17属以上の腕足類化石が産出し、そのうち、温暖系4属,寒冷系9属示をし、寒冷系のSpiriferellaが多い。このことから、全体的に見て、これらの地層に堆積した古生物は温暖な海と比較的寒冷な海の中間位置より若干、寒冷な海に生息していたと考えられる。
 A地区から産出するプロダクタス類のTransennatiaやUrushtenoideaは、コケ虫(Porypora)に挟まっているか、または、載っていることが多く、このことからこのプロダクタス類は殻表面から毛根状の管状棘(化石として残りにくい)をコケ虫にからみつかせて生息していたと思われる。(図版1−20参考)(プロダクタス類は殻の表面に棘があり、その棘で岩や砂,泥,生物などにからみつき、体を固定していた。)
 また、Yakovleviaを含むペルム紀中期森部層の腕足類フォーナ(動物群)は、南部北上山地、プリモリエ南部(ロシア、ウラジオストク)および、中国東北部〜内蒙古の南部一帯のフォーナと似ている。これらのことから北半球中緯度付近の中朝地塊(その当時に存在したと考えられる大陸)の東縁部における大陸棚のフォーナであることがわかっている。(田沢,1987;田沢,1992)
 森部層の岩石は層理面に沿って割れるが、縦にも割れやすい為、化石が欠けてしまいやすく、クリーニングには大変手間がかかる。よって、ほぼ完全な形で取り出した化石標本                             は少ない。その為、接着剤で割れた所を付け直した化石標本が多く、大変苦労した。
 今回は森部層で腕足類化石の産出が多い、A地区とC地区について報告した。森部層の中 ひだ地学76号(P5)
層及び上層からは、まだ腕足類化石が産出されていない。今一度、調査をする必要がある。
 謝辞:本文を書くにあたり、新潟大学理学部 田沢純一教授には、種々の論文を頂き、また、御教示を受けた。ここに記して感謝します。

  参考文献
Alwyn,W. and Rowell,A.J.1965,In Moore,R.C.(ed.),Treatise on Invertebrate
 Paleontology,Pt.H.  (1)(2)Brachiopoda,Geol.Soc.America and Univ.Kansas Press.
堀越 叡・田沢純一・内藤直司・金田純子,1987,飛騨山地高山市北方森部のペルム
 紀腕足類化石.地質雑,93,141−143.
Lee,L. and Gu,F.,1976:Carboniferous and Permian Brachiopoda.In Geological Bureau
 of Nei Mongol and Geological Institute of Northeast China,ed.,Palaeontological Atlas
of North China: Nei Mongol,Part 1.Palaeozoic Volume,228-306,Geological Publishing
  House,Beijing.(In Chinese).
Lee,L.and Gu,F.,1980:Carboniferous and Permian Brachiopoda.In Shenyang Institute
 of Geology and Mineral Resources,ed.,Palaeontological Atlas of Northeast
  China,Part 1.Palaeozoic Volume,327-428, Georogical Publishing House,Beijing.
  (In Chinese).
湊 正雄・中村耕二・清水大吉郎,1981,古生物学各論,第3巻,腕足動物,
築地書館,232−256.
田沢純一,1987,日本のペルム紀腕足類フォーナの古生物地理学的考察.月刊地球.
9,252−255.
田沢純一,1987,上八瀬地区化石調査報告書.宮城県気仙沼市文化財調査報告書,
  気仙沼市教育委員会
田沢純一,1992,東アジアの中期ペルム紀腕足類フォーナとその動物地理学的重要性.
  地質雑,98,483−496.
田沢純一・対馬勝吉・長谷川美行,1993,飛騨外縁帯のペルム系森部層より
  Monodiexodinaの発見.地球科学,47,345−348.

図版 1 (すべて実物大)(A地区のみ)
 1:トランセンナチア Transennatia gratiosa a:茎殻前面,b:茎殻後面,c:茎殻側面
 2:トランセンナチア Transennatia gratiosa 腕殻
 3:ウルシテノイデア Urushtenoidea sp.  茎殻
 4:ウルシテノイデア Urushtenoidea sp. a:茎殻前面,b:茎殻側面
 5:ウルシテノイデア Urushtenoidea sp.  腕殻
 6:カンクリネラ   Cancrinella sp.  茎殻
 7:コネーテス    Chonetes sp.  茎殻
 8:コネーテス    Chonetes sp.  腕殻
 9:コネチネラ    Chontinella sp.  茎殻
10:メソロブス    Mesolobus sp.  茎殻
11:フステディア   Hustedia sp.  茎殻
12:フリコドチリス  Phricodothyris ? sp. 茎殻
13:リノプロダクタス Linoproductus sp. 茎殻
14:レプトダス    Leptodus nobilis  茎殻
15:デルビア     Derbyia sp.  腕殻
16:ステノスキスマ  Stenoscisma margaritovi  茎殻
17:ワーゲノコンカ  Waagenoconcha sp. 茎殻
18:デルビア     Derbyia sp.  a:腕殻雌型,b:腕殻内型
19:スピリフェレラ  Spiriferella sp.  腕殻
20:ウルシテノイデア Urushtenoidea sp.  茎殻
   ポリポラ     Polypora sp. コケ虫(フェネステラ科),表面

 図版 2 (すべて実物大)(C地区のみ)
 1:ヤコブレビア   Yakovlevia kaluzinensis a:茎殻雌型,b:茎殻内型
                  c:茎殻内型
 2:ヤコブレビア   Yakovlevia kaluzinensis  腕殻雌型
 3:ペルムウンダリア Permundaria sp. 腕殻雌型?
 4:スピリフェレラ  Spiriferella sp.  a:茎殻雌型,b:茎殻内型
 5:ネオスピリファー Neospirifer sp.  a:茎殻雌型,b:腕殻雌型, c:茎殻内型
*茎殻のことを腹殻、腕殻のことを背殻ともいう。

図版 1 図版 2