ひだ地学99号 2002年7月19日発行 ホーム 目次

三俣蓮華岳周辺における夏季晴天日の夕立と
気温・相対湿度

中田 裕一

1.はじめに
 山岳内部の局地気象の研究は、山谷風や谷間の冷気湖などが多い(吉野、1986など)。山頂や稜線上の研究は、夏の立山での事例など(山の気象研究会、1961)がある。
 しかし、山項や稜線上における局地気象の解明を目的とした研究は少ない。山小屋等での気象観測を利用した研究の多くは、気候環境の統計的理解が目的である。(飯田、1982 吉野、1986など)また、山岳、特に山頂や稜線上の気象観測は、観測機器の保持が困難であるうえ、実利性もないとされてきたと思う。
 以上から考えると、飛騨山脈の垂直的、面的な気象要素の分布や日変化、その要因等は不明である。そこで、1999年以来、飛騨山脈南部山域に小型センサーを設置して、8月を中心に夏山の気温と相対湿度の観測を行った。(中田、2000 中田、2001)
 その結果、山谷風に伴って、気温の逆転層の高度が日変化することや、ほぼ同高度の山頂でも、場所によって気温や相対湿度の日変化が異なること等が観測データからわかった。
 本レポートで用いるデータは、三俣蓮華岳(標高2841m)を含め、双六岳(標高2860m)、黒部五郎岳(標高2840)、薬師岳(標高2926m)の各山頂に設置した小型センサー(タパイエスペツタ社、サーモレコーダー)による。観測の時間間隔は、気流の急な変化に対応できるよう10分毎とした。センサーは2001年7月21日から設置、9月 21日から回収して、パソコンでデータを読み取った。(図1)
 今回、観測期間中の2001年8月14日、飛騨山脈・三俣蓮華岳に入山した。当日は朝から晴天であつたが、やがて曇り出し夕立になった。本レポートでは、当日の気温と相対湿度の現地データの時間変化を示す。さらに現地の天気変化と比較して、夏山気象に関する若干の考察を行う。これを中間報告としたい。
図1 調査地点案内図(飛騨山脈南部) 図2 地上天気図(2001年8月14日午前9時)
2.8月14日当時の天気
 2001年8月14日、飛騨側小池新道から双六小屋を経て三俣山荘まで歩いた。デジタルカメラで撮影した写真の時刻と山行記録から、そのときの天気変化を次に記す。当日中部山岳は、三陸沖に低気圧と前線があるものの、太平洋高気圧に東方から覆われていた。(図2)
6:23 快晴(小池新道)
7:43 快晴(小池新道)
8:47 快晴(鏡平小屋)
9:23 快晴(鏡平小屋)
9:56 曇り一部晴れ間(弓折岳付近)
12:51 曇り(双六小屋)
14:32 霧(三俣蓮華岳直下)
14:50 雨(三俣蓮華岳直下)
15:40 雨(三俣山荘)
16:02 曇り、虹(三俣山荘)下写真
16:32 晴(三俣山荘)
18:31 晴(三俣山荘)
写真 雨上がりの虹(三俣山荘で 2001年8月14日) 図3 輪島における鉛直断面図と栃尾の風向・風速
(2001年8月14日、実線:気温、破線:相対湿度)
3.輪島の高層データによる上空の一般場
 まず、輪島(三俣蓮華岳の北北東約120km)の高層気象観測データを用いて、8月14日当日の上空大気の時間変化を調べた。(図3) 三俣蓮華岳と輪島は、約120kmの距離である。したがって輪島上空のデータは、局地的な地形の影響を無視すれば、飛騨山脈上空の一般風を代表すると考える。
 図3によると、飛騨山脈の稜線上空に相当する 700hPa(高度約3000m)付近の風は、西南西寄りである。それよりも下方の高度の風は南寄りの成分が大きくなる。輪島の地上付近では、夜間は南寄りの風、昼間は北寄りの風である。
 一方、図中下に示した山麓の栃尾のアメダスデータは、夜間は北寄りの風、昼間は西寄りの風である。(図1参照)
 気温は高度とともに順次低下している。相対湿度は、700hPa(高度約3000m)付近と1000hPa(地上付近)以下の高度が比較的低湿度で、午前9時以降850hPa(高度約1500m)付近に、比較的高湿度(80%以上)の気塊が出現した。 以上を次のように考察する。
(1)輪島は海に面しているので、輪島の地上風は海陸風であった。
(2)栃尾の風は中田(2001)の事例と同じ傾向なので、飛騨山脈周辺では山谷風が発生した。(3)気温の不連続な変化はないので、対流不安定の要因となる不連続線や寒気が上空に移動して来なかった。
(4)飛騨山脈周辺で谷風が発達したとすると、9時以降、850hPa付近にあらわれた湿度の高い気塊は、稜線付近に上昇した。したがって、この気塊は夕立発生の基礎要因になった。

4.現地観測データと天気の比較
 図4、5は、双六岳、三俣蓮華岳、黒部五郎岳、薬師岳の各山頂での8月14日の気温と相対湿度の変化である。図中下部には、栃尾のアメダスデータ(風)も示した。これらの図から次のことがわかる。
図4 気温の日変化(2001年8月14日)
図5 相対湿度の日変化(2001年8月14日)
4.1気温の変化
(1)南の山ほど午前中早く昇温する傾向がある。最も早く気温が上昇したのは双六岳、次が三俣蓮華岳、その次が黒部五郎岳と薬師岳であつた。笠ヶ岳と黒部五郎岳における山頂の気温変化(晴天日)の比較によると、同様に南の笠ケ岳の気温が早く上昇した(中田、2001)。
(2)稜線上で曇り出した午前10時頃を境に、双六岳の気温は下降し、黒部五郎岳や薬師岳の気温に近くなった。栃尾の風をみると、10時頃は、山風から谷風に変わった時刻である。この時、三俣蓮華岳の気温は高いまま推移した。
(3)15時〜16時頃まで、双六岳と三俣蓮華岳の気温が下降した。これは、三俣山荘付近で雨が降っていた時間帯と一致する。

4.2 相対湿度の変化
(1)南の山ほど早く、しかも大きく湿度が下降する傾向がある。最も早く湿度が下降したのは双六岳、次が三俣蓮華岳、黒部五郎岳の順になった。最も北にある薬師岳は、湿度99%または90%以上の状態が続いた。朝8時までと16時以降、薬師岳以外は、湿度99%(センサーの最大値)であった。
(2)稜線上で曇り出した10時以降、双六岳の湿度は下降から上昇傾向に転じ、三俣蓮華岳では逆に、湿度が99%から下降し始めた。
(3)三俣山荘付近で雨になった15時から16時にかけては、双六岳と三俣連華岳で湿度が99%付近まで上昇した。

4・3 天気変化と気温・相対湿度の変化
 以上から、天気変化と気温や相対湿度の時間変化に関して、一部の観測データに対応関係を見出せた。今回のデータについての考えをまとめると次のようになる。
(1)午前中の天気変化には山谷風が関係している。つまり栃尾で山風から谷風に変わった10時頃、稜線に雪が発生し始めた。一方、雨が上がった16時以降では、谷風傾向が続いた。
(2)15時頃三俣蓮華岳と双六岳の気温が下降したのは、平地の夕立と同じく降水に伴う冷気の下降が原因である。
(3)山頂によって、その局地気象や天気が同じでないことがわかった。つまり4ケ所の標高は、ほぼ同じにもかかわらず、その観測値は様々である。
(4)飛騨山脈の中でも、山によって気温や湿度状態が違う理由は、気流の下降域と上昇域が複雑に分布し時間変化するためである。たとえば、冬の季節風下でも、気流の上昇域(降雪域、筋状の雲)と、下降域(非降雪域、筋情の雲のすき間)がある。
(5)10時頃、双六岳の気温が下降に転じ、湿度が上昇に転じたこと、同時に三俣蓮華岳の湿度が下降を始めたことの理由はわからない。しかしこの時刻は、栃尾での山谷風の変換の時刻と一致するので、これは山谷風と連動した現象である。
(6)輪島の高層データによると今回の事例は、対流不安定の原因となる上空寒気や不連続線(前線)が出現していない。したがってこの事例は地表面の日射による気温上昇がまねいた対流不安定の事例である。
(7)南部の山頂ほど、気温上昇と湿度低下が早いことは、夏季晴天日の海洋と山岳間の循環場の影響を示す。
(8)どの山頂も夜間に高湿度(最大値99%)になることは、中田(2000)と同様の結果である。夏型安定時、稜線部で夜間にしばしば霧が発生する体験と一致する。霧は、いかなる場合にどこに発生するのか今後確かめたい。

5.おわりに
 山岳の局地気象の垂直分布や面的分布の実態と要因を調べるには、やはり現地観測データが必要であることがわかった。
 飯田(1982)によれば、或る温度を持ち、湿度を持った大気が山岳地帯に流れたとき、それぞれの山岳の中腹や山麓などでどのような現象が現れ、それが周囲の気候や大気の流れにどのようにきいてくるか皆目検討がっかないという。
 今後は、多くの事例について現地観測データを分析した上で、アメダスデータによるメソスケール(中部地方)の気流の日変化と比較したい。そして、飛騨山脈南部が太平洋高気圧下にあるときの夏山の局地気象を統計的に整理する予定である。
 なお、本研究など夏山気象の調査の一部には、平成12年度日本学術振興会科学研究費補助金(奨励研究B、課題番号12916018、飛騨山脈南部における夏山晴天日の局地循環)を利用した。

【参考文献】
飯田睦治郎(1982):日本の山岳気象、天気 Vo1.29、91−100
中田裕一(2000):飛騨山脈南部の夏山気象、岐阜県地学教育Vol.36、12−19
中田裕一(2001):夏季晴天日における笠ヶ岳 周辺の気温・相対湿度と風の日変化、岐阜県 地学教育Vo1.37、2S−27
山の気象研究会(1961):山の気象、恒星社、 88−107
吉野正敏(1986):新版小気候、地人書簡、 131〜200