ひだ地学85号 2001年6月15日発行 ホーム 目次

宮村の化石

三宅 幸雄

(1)まえがき
 宮村は以前、化石が出ないと言われてきた。ここ数年の調査で、以下、3つの化石産地があきらかになった。これらについて簡単に述べる。

(2)化石産地と説明
@お旅山付近、宮川河床の新生代第四紀粘土層
 この化石産地は1984?年に宮川河原の砂利採石工事の後に発見された。
 河床に40度ぐらい傾斜した状態で長さ120m幅30mの第4紀粘土層が露出していた。当時の調査結果では、層厚50m近くあり、これらの層から、いくつかの年代を決定できる火山灰層が出ている。

     姶良火山灰層(約2.2万年前),大山倉吉軽石層(約4.4万年前),
     町方ローム層(約6万年前),高山軽石層(約34万年前),
     広殿軽石層(約38万年前)

 よって、約2〜50万年の時代の地層ということがわかる。
 化石は植物化石を多産し、昆虫化石も産出した。植物化石はスギ,ヒノキ,ツガなどの針葉樹類の葉や樹木を中心に産出し、湖生植物のヒシも産出した。花粉化石も産出している。当時、花粉化石の分析は特定の地層しか実施していない。花粉化石を分析すると、その当時の気候の移り変わりがわかるので、層順ごとに分析していれば、年代を決定できる火山灰層がいくつかあるため、素晴らしい研究になったものと思うが、これらの地層は現在、砂利に覆われているため、調べることができない。掘り起こしてでも調べてみたいものである。

 A山下上、北方の中生代白亜紀植物化石
 1986年に当時の宮中学校の先生、生徒によって、山下上北方の林道切り崖より発見された。化石が発見された堆積岩類は「三日町地域」図幅(河田・1981)によると、濃飛流紋岩類の三日町層にあたる。この地層は濃飛流紋岩に取り囲まれた小岩体であると私は思う。これらの植物化石を調べていただいた結果、石川・福井県境に分布する、中生代白亜紀最後期の大道谷層とよく似ているとのことでした。セコイア,ソレニテス,メタセコイアの葉化石を少産する。

 B一之宮、東方の美濃帯
 一之宮東方には、砂岩を主体とする美濃帯がある。その中に、少ないがチャートも出てくる。ホテル陣の裏山にグレーのチャートの小岩体があり、それをルーペで見ると、小さ
な点々が見える。おそらく三畳紀かジュラ紀の放散虫と思われる。

(3)後記
 当時(中学生)の私は、宮村は化石が出ないので、おもしろくないと思いました。しかし、出てきました。化石とは、おもしろいものですね。
 化石についての質問がありましたら、私にお尋ね下さい。化石の名前についても、ある程度わかります。特に古生代を中心に調べています